LOGINモモはふわふわと浮かびながら、テーブルの上を横切ってカインの傍で控えていたマントの男の腕に収まった。濃い色のマントを羽織った男を見て、智也は顔面が蒼白になった。カインは智也の裂かれたドレスの胸元をニヤニヤと眺めながら口を開いた。「この男は、ギルドという。私が婚姻する女が契約した魔法使いだ。このマントの色を見れば、この男がどれほどの力量を持つかお前にも分かるだろう? 俺は、この男を手に入れるためにあの女と結婚するといっても過言ではない」カインは一度言葉を切り、智也を見据えた。「それにしても、アーサーが契約した魔法使いのマントのあの色は何だ? あんな色見たこともない。この世界にあのような魔法使いがいようとはな。それも、アーサーの契約魔法使いになっているなど……」カインは途中で言葉を切った。だが、『許せぬ』という嫉妬の声が聞こえたように智也には思えた。この部屋に入ってからずっと薄笑いを浮かべていたカインが、初めて顔を歪めている。智也は、モモを抱く魔法使いを見つめながら口を開いた。「カイン……あなたは、その魔法使いが欲しくて正妃となる女性を選んだの?」「ああ、そうだ。王位を継ぐためには、強力な魔法使いを傍に置く必要がある」カインは吐き捨てるように続けた。「そうでなければ、王家の血を引くとはいえあんなブスと婚姻などしない」カインと結婚する女性の顔は知らない。だが、あまりに酷い言い草だ。一応同じ女として、智也は頭にきて口を開いた。「これから結婚する女性に対してその言葉は無いんじゃないの!」「フレアは、自分が俺に好かれていないことぐらい知っているさ。あの女は承知の上でこの話を受けたのだ。自分が契約したギルドを俺が欲して婚姻を申し込んだことをな」カインは肩をすくめた。「女なら誰でも次期王の正妃になれるなら、俺の申し出を断るはずが無い」「私ならそんな申し出は断る。愛してもくれていない男に抱かれるなんて、最低だものね」智也がそう言うと、カインは笑って口を開いた。「随分下品なことを言う女だな。お前、貴族の格好をしているがその口調から察すると、庶民の出であろう?」カインは智也を値踏みするような目で見た。「下級貴族の女の腹から生まれたアーサーとならお似合いかもしれないな。まあ、庶民の出では王家の血を引くアーサーの正妃は望めぬだろうがな」「アー
王宮の最上階の一室。王家の色である青を基調として、白と金色が絶妙に配された装飾が部屋を贅沢に彩っていた。部屋の中央には豪華なテーブルが配され、その上には様々なご馳走が所狭しと並べてある。そして——智也をこの食事に招待した男が、テーブルの中心の椅子に座り、部屋に入ってきた智也を眺めていた。カイン。——やばい、予想外にイイ男だ。智也は思わず息を呑んだ。——って、何を考えているんだ俺は!今、最大のピンチが目の前に迫っているというのに、余裕をかましている場合じゃなかった。自分ばかりか、可愛い妹まで騒動に巻き込んでいるというのに、相手の容姿がどうかとか考えている場合じゃない。智也は、胸の中でしがみ付くモモ猫をぎゅっと抱き寄せた。その行動が、カインには智也が怯えているように見えたのか。男は薄く笑って口を開いた。「黒髪に黒い瞳……アーサーの好みは、昔と変わっていないようだな。それにしても、予想していたよりも、随分いい女だ。トモヤという名だったな。さあ、座ってワインでも飲め」「あなたが殺した魔法使いの少女も黒髪に黒い瞳だったわね。私も、ここで殺すつもりなのかしら? このワインには毒が入っているのでは?」智也がそう言い返すと、カインはぞくりとするような笑いを浮かべた。自身の手中にあったワイングラスのワインを一気に飲み干すと、空になったワイングラスをテーブルに置く。「気の強い女だな。美味いワインをわざわざお前のために用意したのだ。さあ、席について飲むといい。おい誰か、そのお嬢さんの妹を別室に連れて行け。私は、アーサーの女と二人で食事を楽しみたい」「ちょっと勝手なこと言わないで。やっ、モモに触れるな!」「うにゃぁああーー、お兄ちゃん!!」智也をここに連れて来た兵士の一人が、無理やり胸に抱いたモモ猫を引き剥がそうとした。智也はその兵士を蹴り飛ばした。真紅のドレスの裾がふわりと広がり、下着が丸見えになる。それに気を取られたもう一人の兵士の顎を、思いっきり殴った。男は脳震盪を起こしたのか、そのまま床にひっくり返る。「ふはははっ! 元男を舐めるなっての。んっ……ええええ、モモぉーーーーーー!」兵士を二人も倒して意気揚々としたのもつかの間。智也の胸にしがみ付いていたモモが、見えぬ手で天井に引っ張り上げられていく。モモが必死で智也のドレスの胸元を掴み
智也は、アーサーに親しげに『ユリアス』と呼ばれた男を、警戒しながら見つめていた。その男はアーサーの乳母兄弟だという。十二歳まで王宮にいたアーサーの、唯一の友だったらしい。彼はアーサーが王宮を去った後も失脚せず、王の側近という地位に上り詰めたやり手だ。その彼が、アーサーに懐かしげに微笑みながら口を開いた。「アーサー様、父王様があなた様がいらっしゃるのをどれほど心待ちにしておられたことか。貴方様に積もる話がおありなのでしょう。さあ、アーサー様、どうぞこちらへおいでください」「父上が……俺に会いたがっている?」アーサーは父親とのわだかまりを拭えぬまま、それでも病床の父に久しく会っていない事実が、彼の足を速めた。智也は着慣れぬ豪華なドレスで、アーサーの後を早足で追うのがやっとだった。王の間に続く回廊を、アーサーは様々な思いに駆られながら歩いていた。智也も蓮も、メアリーもモモも、黙ってついていった。やがて、王の間が目の前に迫ってきた。大きな扉の前には、武装した兵が二人立っていた。ユリアスが手で示すと、彼らは装置に触れ、重い扉がギギギと音を立てて開かれた。智也はどきどきしながら、アーサーに続き入ろうとして、ユリアスに制止された。「申し訳ありませんが、王の間に入れるのは、王家の血を引くアーサー様とメアリー様。そして、アーサー様と契約された魔法使いのレン様だけです。アーサー様が王とお逢いになっている間は、トモヤさまとモモさまは別室にてお待ちいただくことになります」智也が驚いていると、蓮が口を挟んだ。「えー、それって聞いてないぞ。じゃあ、アーサー、俺は智也と一緒に別室で待ってるから。アーサーとメアリーだけで王様に会ってきてよ。親子水入らずでそのほうがいいだろ?」「レン、それはできない」アーサーが蓮の提案をすぐに否定した。蓮が眉をひそめてアーサーを見た。アーサーの言葉をフォローして、蓮に説明したのはユリアスだった。「王家の血筋の方と契約を交わした魔法使いは、王宮では必ず一緒に行動されるのが規則です。まあ、王宮内では多少緩いのですが……王の間だけは別格。この規則は、厳格に守らなくてはなりません。もし、契約を交わした魔法使いが入らないなら、アーサー様も入ることはできません」「そんな規則に従うつもりはない。智也をこんな場所で一人にしたくない」ユリアスの説
宮殿の中は、外観以上に見事な金と青の装飾と彫刻で彩られていた。青が王家の色なのか、金と青が白い壁を美しく彩っている。智也はすばらしい宮殿に思わず見とれてため息をついた。カインの婚儀を祝してか、いたるところに豪華な花が生けられている。すっかり智也に存在を忘れ去られていたメアリーが、宮殿の彫刻に魅入られて俄然おしゃべりになっていた。それも下品な饒舌さで。「すばらしい彫刻だわ。みて、この龍の彫刻の刻み具合。どんな職人が手掛けたのかしら。ああ……想像するだけでもあそこが濡れそうよ。私のペニス棒にこの龍が刻み込んだら、どんなに素敵か。この凹凸……たまらないわ。はぁ……んあっ、モモ猫。後で、ベッドルームでいい事しましょうねぇ」「はいですにゃ!」「メアリー、モモに手を出したらあんたの卑猥なペニス棒コレクションを焼くからね。蓮は私の頼みなら何でも聞いてくれる仲だから、彼に魔法で燃やしてもらう」「や、焼かないで、トモヤ。あれは、私の命も同然なのよ」「智也お兄ちゃん、メアリーを虐めたらだめにゃ」——うっ。モモの奴、どこまでメアリーに手懐けられてんだ。そのモモは、いつもの猫水着の上に可愛いフリルの付いたピンクのドレスを着ていた。それがまた、可愛らしくてたまらない。なのに、智也の背にはしがみ付かずにメアリーの背にばかりしがみ付いている。——お兄ちゃんとしてはとっても寂しい限りである。まあ、メアリーの花柄のドレス姿も可愛いが。智也はといえば、黒髪には真紅のドレスが似合うということでアーサーが用意してくれた。真紅のドレスには幾重にも刺繍が施され、どれほど手間が掛かるものか気が遠くなりそうなほどの衣装だった。アーサーは王家の血を引く者だけが許される、青い王家の紋章が背中に刺繍された礼服を身に纏っていた。これがまた様になってかっこいい。あとは蓮の衣装だが——「蓮、あんた何でいつもと同じ衣装なのよ。マントが黒いんだから、せめて中の服は明るいのを着なさいよね。なんで、ブラックにブラックを合わせるかなぁ。思いっきり、悪者魔法使いって感じじゃない?」「うるさいなぁ。魔法使いは、マントさえ羽織っていたらどこでも出入りオッケーなんだよ。裸にマントでも許されるらしいぞ。お前、裸の方がよかったか?」智也は蓮の裸にマント姿を想像して、あれは無いけど萎えそうになった。でも、ちょ
アーサーに言われたとおり、馬車の中では彼にもたれ掛かっていた。でも、峠を下りきった頃には、アザンガルドの街並みに目を奪われて、智也は馬車の小さな窓に顔をくっつけるようにして眺めていた。アザンガルドの街は活気に満ち溢れていた。数日後にカインの婚儀を控え、街全体が祝福ムードに包まれている。「活気がある町だね」智也がそう言うと、アーサーが車窓の街並みを見ながら口を開いた。「アザンガルドは首都だからな。比較的裕福な住人が住んでいる。でも、この街の住民にとっても久しぶりの明るい話題でいつも以上に活気があるみたいだな。王が病に伏してからは、街も活気を失っていたから」「そうなんだ。アーサーのお父様は、この街の人に好かれていたんだね」「そうなるかな……もう、随分会っていないな、父上には」アーサーが遠くを見る目でそう言ったきり、黙りこんでしまった。馬車が王宮に近づくにつれて、アーサーは寡黙になっていく。——彼の幼き日の記憶が、アーサーを黙らせてしまうのかもしれない。十二歳で魔法使いの少女と契約を交わし、その少女をカインに殺されたことが原因で、この王宮を出て森の奥深くの白亜の城に移り住むことになったアーサー。王宮が見えてきた。綺麗な装飾が施された門が、祝いに駆けつけた王族や貴族のために大きく開かれている。智也たちの馬車には王家の紋章が刻まれていた。貴族たちの馬車は道を開け、智也たちの馬車が優先的に王宮へと続く道を走っていく。王宮の庭園を眺めたまま黙っているアーサーに、智也は声を掛けた。「アーサー、王宮は懐かしい?」「……そうだな。この場所には色々な思い出がありすぎて、懐かしいと言えるほどには消化できていない。ここに来ると、色々な思い出が蘇ってくる」「魔法使いの『トモ』の思い出とか?」智也がそう言うと、アーサーは智也に視線を向けた。「母上から聞いたのだろ?」「そうよ。あなたのお母様と朝食をともにしたときに、あなたとカインの因縁を聞いたわ。その原因となった少女の事も」「そうだったのか……この前は悪いことをした。すまなかった」「どうして謝るの?」「トモヤに『トモ』と名乗らせようとしたことを謝りたい。レンが言った通り、俺は無神経だった」アーサーが智也に頭を下げる。智也は、躊躇しながらも聞きたかったことを口にした。「アーサーは、今でも『トモ』
数日後、王宮でカインの婚儀が行われる。その前に智也たち一行は王宮に入ることになり、アーサーの城から山一つ越えたこの国の首都アザンガルドへ向かって馬車を走らせていた。「猫モモ、見てみなさい。あれが、この国の首都、アザンガルド。そしてその中心にあるのが、王宮よ。すごいでしょ」「うわぁ。すごい眺めにゃ」城を出て馬車二台が連なり、舗装されていない道を走る。峠を一つ越えたところで、ようやく王宮のあるアザンガルドの町が見えてきた。見晴らしのよい場所で馬車が止まると、モモとメアリーが元気よく飛び出して、高台から綺麗な街並みを眺めていた。智也はといえば——馬車酔いしていた。「うげぇ……馬車、弾みすぎ。左右に揺れすぎ。ううっ」智也は顔を青くして、アーサーを見上げた。「アーサー、父親に会ったら、道はアスファルトで固めるよう言っておいてよ。うげぇ……」「レン、アスファルトってなんだ?」「うーん、石畳の滑らか版って感じかな? それにしても、智也って車酔いする性質だったっけ?」「女になって性質が変わったんだよ。今、生理中だしね……この馬車のバウンドがたまらん。きつい」「……」「……」男二人が黙り込んだ。智也はアーサーと蓮を見た。「なんだよ、いきなり黙って?」蓮がにやつきながら口を開く。「お前、生理がきたのか?」「もう終わりかけだけどね。王宮に着く頃には終わりそう」智也は顔を赤くした。「血が出た時には焦ったよ。メアリーに頼んで生理セットを貰ったの。あの子って、ペニス棒を創った職人と同じ人に生理セットを作ってもらっているんだって。あの職人、天才かもよ。使い心地、最高なのよね。ふわふわして……って、おーい。男子……引いてる」アーサーが少し顔を赤めながら口を開いた。「黒髪の美女が、随分あけすけなことを言うと……少し、引いた」アーサーは咳払いする。「でも、さっきから馬車の中で花の香りがしている理由が分かった。トモヤは、愛液もいい香りがするが血も花の香りがするんだな」「普通、鉄臭いのになぁ、生理って」「蓮、何でそんな事知ってんのよ?」「や、前世で生理中の女とやったことがあるからな」「変態」智也はそう言いながら男二人を残して、馬車から降りた。馬車の外の空気を吸うと、幾分気分が良くなる。智也もモモやメアリーに混じって、アザンガルドの街並みを眺







